【学ぶに暇(いとま)あらずと言う者は、暇ありと雖(いえど)もまた学ぶ能(あた)わず。】と読みまして、学問をするのに暇がないなどという者は、たとえ暇があっても学問をすることはしない、という意味です。
出典は『淮南子』説山訓です。
『淮南子』は前漢の淮南(ワイナン)王劉安が学者を集めて作った書です。老荘の説を中心に周末以来の儒家・兵家・法家などの思想を取り入れ、治乱興亡・逸事・処世などが記載されています。
東家母死、其子哭之不哀。
東家の母死して、其の子之を哭すに哀しげならず。
東家の母親が死んだが、その子の哭泣は(一向に)哀しそうではなかった。
西家子見之、歸謂其母曰、
西家の子之を見て、歸りて其の母に謂ひて曰く、
西家の子がこれを見て、帰って来てその母にこういった、
社何愛速死、吾必悲哭社
社何ぞ速(すみや)かに死するを愛(お)しむか。
おかあさん、どして早く死のうとなさらないのですか。
吾必悲哭社。
吾、必ず社を悲哭(ヒコク)せん。
僕ならきっと悲しみを込めて哭泣しますから。
夫欲其母之死者、
夫れ其の母の死を欲する者は、
いったい自分の母親の死を願うような者は、
雖死亦不能悲哭矣。
死せりと雖(いへど)も亦た悲哭する能はざらん。
たとえ亡くなったとしても悲しみを込めて哭泣することはできない。
謂學不暇者、
學ぶに不暇あらずと謂ふ者は、
(同様に)学問をするのに暇がないなどというものは、
雖暇亦不能學矣
暇ありと雖も亦た學ぶ能はざらん。
たとえ暇があっても学問することはしない。






























