No.5299【知は其の知る能わざる所に止まれば、至れり。】『荘子』
【知(チ)は其の知る能(あた)わざる所に止(とど)まれば、至れり。】と読みまして、知識については知ることのできない所でそのまま止まっているのが、最高の知識である、という意味です。
『論語』では、「之を知るを之を知ると為し、知らざるを知らずと為す。是れ知るなり。」と言っています。
出典は『荘子』庚桑楚(コウソウソ:人名)篇です。
學者、學其所不能學也。
學ぶ者は、其の學ぶ能わざる所を學ぶ。
学ぶということは本来学ぶことのできないことを学んでいるのである。
行者、行其所不能行也。
行う者は、其の行う能わざる所を行う。
行っているということは本来行うことのできないことを行っているのである。
辯者、辯其所不能辯也。
辯ずる者は、其の辯ずる能わざる所を辯ず。
弁論しているということは本来弁論できないことを弁論しているのである。
知止乎其所不能知、至矣。
知は其の知る能わざる所に止まれば、至れり。
知識については知ることのできない所でそのまま止まっているのが、最高の知識である。
若有不即是者、天鈞敗之。
若し是れに即かざる者あらば、天鈞(テンキン)之を敗らん。
もしそれから離れ(てさらに追及す)る者があれば、自然の平衡がそれをうちこわすだろう。






























