【不義(フギ)に當(あた)れば、則(すなわ)ち子(こ)は以(もっ)て父に爭(あらそ)はざるべからず。】と読みまして、父親が(道義に外れた)不義を行おうとしたら、子は父親に命を賭けて諌(いさ)め争わなければならない、という意味です。
出典は『孝経』應感章第十六です。
故當不義、則子不可以不爭於父、
故(ゆえ)に不義に當れば、則ち子は以て父に爭はざるべからず、
それゆえ、父親が(道義に外れた)不義を行おうとしたら、
子は父親に命を賭けて諌(いさ)め争わなければならない。
臣不可以不爭於君。
臣は以て君に爭はざるべからず。
(君主が道義に外れた不義を行おうとしたら、)
臣下は君主に命を賭けて諌め争わなければならない。
故爭之、則不義不陷於不義。
故に之を爭(あらそ)へば、則ち不義に陷(おちい)らず。
したがって、諌め争えば、(父親・君主は)不義に陥らなくて済む。
故當不義則爭之、從父之令、
故に不義に當りて之を爭はず、父の令に從(したが)はば、
それゆえ、不義に当ってこれ(諌め争い)をせず、単に父の命令に従うだけであれば、
又焉得為孝乎?”
又焉(いずく)んぞ孝と為(な)るを得んや。
どうしてそれが「孝」といえるだろうか。(いや、真の孝ではない。)






























