【愛は憎悪(ゾウオ)の始めなり】と読みまして、人を愛しすぎることは、憎み合うことの始まりである、という意味です。
出典は『管子』樞言篇です。
衆人之用其心也、
衆人(シュウジン)これその心を用いるなり、
一般の人々は、赴くままに心を使い果たしている、
愛者憎之始也、
愛は憎しみの始め、
人を愛しすぎることは、憎み合うことの始まりである、
徳者怨之本也。
徳(トク)は怨(うら)みの本(もと)なり。
人に過度の恩(徳)を施すことは、恨みを買うもとである。
唯賢者不然。
唯(ただ)、賢者(ケンジャ)は然(しか)らず。
ただ、知恵のある人はそうではない。






























