【心(こころ)は小(ショウ)ならんことを欲(ほっ)し、志(こころざし)は大(ダイ)ならんことを欲す。】と読みまして、欲望をほしいままにしないで、世界を一つにしようという志を持つという意味です。
漢の高祖の孫、淮南王(ワイナンオウ)のお気持ちです。
出典は『淮南子』巻九主術訓です。
心欲小而志欲大。
心は小ならんことを欲して志は大ならんことを欲す。
心は小でありたく、志は大でありたい。
智欲員而行欲方
智は員(エン)ならんことを欲して行は方(ホウ)ならんことを欲す。
智は円満でありたく、行は方正でありたい。
能欲多而事欲鮮
能は多からんことを欲して事は鮮(すくな)からんことを欲す。
能は多でありたく、(為す)事は少でありたい。
所謂心欲小者
所謂心は小ならんことを欲すとは、
「心は小」でありたいとは、
慮患未生、備禍未發
患(うれひ)を未だ生ぜざるに慮(おもんぱか)り、禍(わざわひ)を未だ発せざるに備(そな)へ、
憂事を未然のうちに配慮し、災禍を未発のうちに防備し
戒過愼微、不敢縱其欲也、
過(あやまち)を戒(いまし)め微(ビ)を愼(つつし)み、敢て其の欲縱(ほしいまま)に
せざるにあり。
過ちがなかったかを反省し、その兆すことをおそれ決して欲望をほしいままにしないためである。
志欲大者、
志は大ならんことを欲すとは、
「志は大」でありたいとは、
兼包萬國、一齊殊俗
萬國を兼ね包み、殊俗を一齊(イッセイ)にし
万国をあわせ包んで異俗を一にし、
幷覆百姓、若合一族
百姓を幷(あは)せ覆(おほ)ふこと、一族を合(ガッ)するが若(ごと)く
百姓をあまねく覆って一族のように合体させ、
是非輻湊而爲之轂
是非輻湊(フクソウ)して之が轂と爲(な)るにあり。
是非の論が錯綜する中にあって、その中心となるためである。






























