【人(ひと)はその親愛(シンアイ)する所(ところ)に之(おい)て譬(かたよ)る。】と読みまして、人は自分の親しみ愛する者には溺れて偏ってしまう、という意味です。
出典は『大學』第4章です。
人之其所親愛而譬焉。
人はその親愛する所に之いて譬り、
人はその親愛する者に溺れて偏ってしまい、
之其所賤惡而譬焉。
その賤悪(センオ)する所に之いて譬り、。
人は賤(いや)しみ憎む者にとらわれ偏ってしまい、
之其所畏敬而譬焉。
その畏敬(イケイ)する所に之いて譬り、
人は敬い畏れる者にひかれて偏ってしまい、
之其所哀矜而譬焉。
その哀矜(アイキョウ)する所に之いて譬り、
人は哀れむべき者に同情が行き過ぎて偏ってしまい、
之其所敖惰而譬焉。
その敖惰(ゴウダ)する所に之いて譬り、
人は傲慢で怠惰な者は見下して偏ってしまう、
故好而知其惡、
故に好みてもその悪を知り、
そこで、好んでいる相手であってもその欠点を弁え、
惡而知其美者、
悪みてもその美を知る者は、
嫌っている相手であってもその長所を弁えるという、
天下鮮矣。
天下に鮮(すく)なし。
(バランス感覚のある者は、)
世界中でもまれなものである。