【人は童子(ドウシ)たる時、全然(ゼンゼン)たる本心なり。】と読みまして、人は幼い時には完全に真心を持っている、という意味です。
出典は『言志耋録』第51条です。
人爲童子時、全然本心。
人は童子たる時、全然たる本心なり。
人は幼い時には完全に真心を持っている。
及梢長、私心梢生。
梢(やや)長ずるに及びて、私心梢(やや)生ず。
やや長ずるに及ぶと私心が少しづつ起きてくる。
既成立、則更夾帯世習、
既に成立すれば、則ち更に世習を夾帯(キョウタイ)して、
そして一人前になると、その上さらに世俗の習慣に馴染んで、
而本心殆亡。
而して本心殆ど亡ぶ。
真心を殆ど失ってしまう。
故爲此学者、当能斬然袪此世習
故に此の学を為す者は、当(まさ)に能く斬然(ザンゼン)として此の世習を袪(さ)り、
故にこの聖人の学をなす者は、常によくキッパリとこの世俗の習慣を振り払って
以復本心。
以て本審に復すべし。
その真心に復帰すべきである。
是爲要。
是れを要と為す。
このことが最も肝要である。