【四海(シカイ)の内(うち)、皆な兄弟(ケイテイ)なり】と読みまして、世界中の人は、皆な兄弟のように仲良くなれる、という意味です。ただし条件があります。それは、お互いに丁重に礼儀正しく交わったなら兄弟のように仲良くなれるそうです。
出典は『論語』顏淵第十二です。
司馬牛憂曰、
牛(ギュウ)、憂えて曰く、
司馬牛は(四人の兄が皆出来損ないであることを)嘆いて言いました、
人皆有兄弟、我獨亡。
人は皆な兄弟有り、我独(ひと)り亡(な)し。
世間の人は皆兄弟がいるのに、私には兄があってもいないに等しい。
子夏曰、商聞之矣、
子夏(シカ)曰く、商(ショウ:子夏の本名)之(これ)を聞く、
子夏が言いました、私(商)はこんなふうに聞いています、
死生有命、富貴在天。
死生命有り、富貴天に在り。
人の生死も富貴も天命によるものであって、人の力ではどうしようもない。
君子敬而無失、
君子は敬(つつし)みて失うこと無く、
君子たるものが慎み深く、過ちを犯さず、
與人恭有禮、
人と与(まじ)わるに恭(うやうや)しくして礼有らば、
他人と丁重に礼儀正しく交わったならば
四海之内、皆兄弟也。
四海の内、皆兄弟なり。
世界中の人がみな兄弟となる。
君子何患乎無兄弟也。
君子何ぞ兄弟無きを患えんや。
君子たらんとする君が、兄弟がどうのこうのとクヨクヨする必要がどこにあるのだ。
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